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2012.12.24

サンタクロースは本当にいるの?

「サンタクロースは本当にいるの?」「サンタクロースはどこにいるの?」



問いは親の立場なら聞いたことがあるだろうし、子どものころには自分自身がきっと似たようなことを誰かに聞いたことがあるはずです。
僕も聞きました。(この問いは、赤ちゃんはどうして生まれてくるのという問いに対する意味するところは似ている。)

僕の親は、遠いところにいるんだよ、いい子にしてたら来るんだよと教えてくれましたっけ。具体的でない曖昧さを含んだ言葉は、月日を重ねても変化はありませんでしたし、それに反比例して僕の中に潜んでいたあやふやな部分が、ハッキリさせたい『問い』へと変化していきました。

だからこそ、純真無垢な子どもにその問いを提示されたときには、体裁に配慮した曖昧なままの言葉で同じようにいうのかも知れません。よい子でいましょうねという意味を過分に含んでいるのも承知しています。

射貫くような目は、子どもだけではありません。偶然ですが最近、大人の女性でそういう真っ直ぐな目を間近で見ました。熱くて暖かい、実直な心がそのまま入ってくるんですね。どきっとしました、見透かされてるような感じです。大人の人ではほとんどであったことがありません。ところが小さな子どもは、この光る矢のような目で常に問うわけです。

常に真剣勝負なんですね。殺伐としていないだけで、入魂の問いなんです。本気にはこちらも向き合って受け止めて、応えなければならないと思うんです。答えじゃなくて応えることが大事なのかな。子どもにとっても親にとっても、大人でも、もちろん同じように応えなきゃいけないと。
飾る必要の無い、無垢の言葉で。

既に自分の答えがあるならば、良いと思うんです。
答えがなければ、自分なりの答えを見つけるための考える旅をするんです。

何かが見つかったとき、無垢のままで伝わるんだと信じてます。
飾ることで見かけは美しくなりますが、本来の持つ輝きはぼやけていくんじゃないかなと。
自分の言葉でよいのだと。

サンタクロースはいますか?

僕にとってのサンタクロースは、小学生のいつ頃だったか、赤い服を着たおじいさんから欲しいものをくれる両親へと変わりました。

「なんや、お父さんとお母さん やったんやん。」

いないんだ、今までのは嘘だったんだとショックはありました。
テレビや広告、本などの一切において大人の言葉で言えば、都合よく操るための嘘なのかと思い始めました。
ただ、両親には欲しいものをくれるから、無茶は言わないようにもなっていきました。
空気を読み始めているわけです。

夢のないというよりも、現実的な考え方になっていくわけです。
皆がそうであるように、次第に慣れていきました。
サンタさんがいないことが前提でそれ以降を過ごしていくことになりました。

中学生高校生と身体ばかりが大きくなり、勉強もせず精神的に成長もせず、
サンタクロースの文字さえも見ないようになっていきました。
いる、いないの事を考える事すら、ないのです。

僕の中でサンタクロースは完全にいなくなりました。


時が経ち、僕は、親になりました。

娘が生まれてきてくれて、今年は元気な男の子もうちにやってきてくれました。
子どもが来てくれてからは、それまでの自分が信じられないような心の変化がありました。
愛おしくてたまらないんですね。
かわいいんです。
鼻をほじっててもね(笑)

もちろん過剰になってはいけませんが、この子が喜んでくれるのはなんだろうと必死に考えるようになりました。
物でなくてもいいのです。
ただ、一生懸命考えるようには、なったのです。
そのとき、自分の心の中に一つの確信が生まれたんですよ。

「サンタさん、いるぞ」って。

子どもは心の底からサンタさんを待ってます。
お空の上からくるのかな?
うちは煙突はないからどうするのかな?
寝るとき寒いから雨戸閉めるけどどうしよう。
と、いろいろ心配しています。(キャワイイ)

でもでも、プレゼントは赤い服を着たおじいさんではなくて、僕らが用意します。
作ったり何かをしてあげることもあるし、おもちゃなんかはお金を出して買うわけです。100円ショップで買ったそれなりの紙で包装して。

今回はちょっと高いモノでしたが、そういうときもあります(笑)。
でも、そのときに喜ぶ顔を思い浮かべながら、いろいろ準備するわけです。
僕もとてもうれしくなるんです。


最近家族以外の人にプレゼントを選びました。

その人は知っているようで知らない人で、知らないようで知っている人なんです。
僕は人にプレゼントをあげたことがほぼ無いので、何を送れば喜んでくれるかがよくわからないわけです。
よくわからないけれど、いろいろ巡らせるわけです。頭の中で。
その人のことを(その時点で知らないのに)考えながら、喜んでくれるかなーって選ぶんです。
喜ぶ姿は見られないけれど、きっとって自然に思うわけです。

僕もとてもうれしくなるんです。

ちょっと前、夕食の時に子どもに今まで述べてきたようなことをかいつまんで話しました。
妻はどう思ったかはしりませんが、僕は本気でそう話しました。
もちろん、いい子にしてないとって話はありますけれどもね(^^ゞ)




信じている人のところには、サンタさんはやってくるのよ。
幸せをプレゼントしに来るんです。
僕のところにもやってくるわけです。


信じている人にとって、サンタさんはいるの。
信じなくなったら、サンタさんはこないの。いないからね。
幸せを運んでくれるんです、たぶん。
あったことがないから、見たこともないんですが。



でも、幸せを運んでくれます。
僕はもう知ってるんです。



サンタクロースは、いますよ♪

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