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2010.11.22

備忘録:eclipseをMacBookにインストール(手順)

 一番さわるのが今ならMacなのだから、こいつに入れておく。
さわらなくなるかもしれないけど、いいんだ。

公式HPにいって、downloadをクリックする。

適当に入れる。Pythonはプラグインで当てる形になるので、どれでもいいらしい。

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私の場合はコレにしときました。


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インストールはダブルクリックするだけと異常に簡単。Ubuntuとは雲泥の差だなぁと感慨深い。あとはいつものごとくアプリケーションフォルダーに移動してOK。


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開きます。


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作業スペースの割り当てです。


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アップデートを確認します。


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アップデート中。


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http://pydev.org/updates と入力してADD
リポジトリを追加と聞かれるので、いろいろ探ったあげくみんなと同じように【Pydev】とした。
リストに加えられてPydevを選択してインストール。


Th_20101122_144513
よくあるあれです。続行。


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restartすれば、Python環境が入ったeclipceが使えると。


すこぶる簡単に終わったね。

2010.11.16

RADIOiが閉波してからの時を刻む DashboardWidget #radioi

Pythonはいったいどうなったというのだ?


 それはこっちに置いておくとして、昨日MacのインストールディスクからdeveloperのX-codeをインストールした。知識ゼロベースなのにDashcodeというapplicationを使うと、指定した場所のRSSを表示するWidgetを作ることが出来たのでちょっと違うのも作ってみることにしたの。


 Dashcodeを使用しているので当然Dashboard Widgetであります。
 Mac のWidgetです。

 

 Widgetの名前 【f_radioi】
 Widgetの内容  閉波してからの時間をカウントしている。ただそれだけ。
 
 必要なMac OS Xのバージョン 10.4.3以降

 
 
「f_radioi.wdgt.zip」をダウンロード

 スクリーンショット

 Th_20101116_230348

 f_radioi.wdgtをダブルクリックするだけでインストールが出来ます。って、カウントしてるだけですが。ああ、もうあの閉波からこんなに時がたっているのかと、もう一度RADIOiをという気持ちを増幅させてくれるはず。


 

2010.11.12

つらつらつらつら吐露吐露吐露吐露

きっと不快に感じられるので、読まない方がいいかもしれないです。
心の悪しき部分をば。


疎遠になった人、仲良くなった人様々です。

 そういえば年賀状の話題も出てきそうな時期になってきました。結婚してから出すようになりましたが、極限られた友人と、あげなくても毎年くれる人には今年は出そうと思っています。礼儀とかそういうのじゃなくて、3年目の正直というかな。送ってきて1年で来なかったから次は出さないとかっていうのは、こう見返り求めててナニソレな印象も持つので。

次回から送られてきても、もうそういう人たちには送らないことにしています。ええっと、意地悪私がささやくのは、私を陥れようとしてくれちゃった知人君w。そういや毎年面倒そうだったしね、そういうことかと。利用するだけの人とつきあうのはよしました。彼の家族や友人の中で、私は極悪人に仕立て上げられましたから。そういう事情を知っているということを彼は知らないでしょう。でも、もうやめます。利用されるのはまっぴらごめんです。今までたくさん助けてきて、いろいろお互いいい方向に行こうとは思っていましたが、そういう考えを聞いてしまった今、【無い】人になりました。疎遠というか、無いです。


 疎遠といえば大学時代の先輩もそうですね。突然の電話や飲みの場ばかりなので、事実上無理な場合がほとんどになりました。私は電話が嫌いなのと、生活リズムから夜にかかってくる電話(9時以降)は家族以外は出ません。外出も基本的にはしません。趣味の方向性も違うし、やりとりもないのでここ数年つきあいはありません。こちらからも無いでしょうし、このまま遊ぶというかそういう風にあうことはないでしょうね。以前から一応は知っている人が、仕事上で年に数回あう可能性もあるのですが、その人に至ってもただ単に横柄でケチ症で自分の中の正解しか話さない人なので、私は適当にあしらっています。必要最低限しか話さない感じです。以前はなにかしらをプリントアウトしてくれとかいってきて、一度受けたら何祖数十枚にも及ぶもの。なおかつまた頼みに夜に電話をかけるようになってきた。厚かましい・・・。本人にはプリンターは壊れた、今はないとし、彼からの電話は一切でないことに徹底しました。会社にかかってきたら出ますが、自分の電話では一切出ません。そういうつきあいではないので。図に乗るっていう人は多いんですな。すでにこちらは便所の虫程度にしか思っておりません。会社を退社したら一切無縁だけど、やめられないのが悔しい。

 

 反対に良い出会いはいくつもありました。少なくとも同じような方向に近い部分を持っている人たちとたくさん出会いました。それはきっかけがTwitterであったり出先の人間だったりしますが、お互い思いやりながら意思疎通が出来るのですばらしいですね。年賀状をやりとりしている人もいますし、芯の部分での話が出来るので妙な計算もしなくていいですし、恥ずかしさもなく家族の話を出来るのでいいものです。

 最初にうーんと、あわないなぁと思った人は、何年たってもしっくりくることはないんです。しょうがないんですが。だから、濃いつきあいもしなくなっていきます。本当にやりとりがある人は、やはり数ヶ月か半年に一度はメールなり何なりでありますし、そういう人は大事にしていきたいなとおもっているんですな。

 私は酒の席は嫌いです。えっと、楽しく飲めるなら好きなんです。それぞれのペースで迷惑をかけない程度にお酒と食事と会話を楽しむっていうのは、大好きなんです。お酒を飲みまくりでかい声で騒いだり、汚い食べ方だったり、他人に飲ませようとしたり、仕事の話ばかりだったり、突然人生論だったりは嫌いなんです、楽しくない。たばこの煙も嫌だしねぇ。

そういうのがあう人・場所ならいきたいとは思ってるんですよ。

好きなお酒を味わいながら、料理とともに会話も弾む、ぎゃーぎゃー騒がずいい空間を楽しみたいですね。仕事とか家のネガティブな話とかまずくなるだけだし。やっぱりそういう席には当分行くことはないだろうな。

あとは、下ネタも嫌い。ちょびっとの下ネタはかわいいくらいですが、露骨だったり往々にして女性蔑視だろうにといえる事ばかりだったり大嫌い。道具みたいに話すあの感性が受け付けない。嫁っていう表現も嫌い。わざといってるならまだしも、平然と使うのは嫌。


あ、いやいや星人だなぁ。

吐露だしいいんだ。

2010.11.11

11月2日の夢日記

11月2日の夢日記

 wifeとどこかへ出かけ、帰りには二人で何故か電車で行くことになった。元来電車嫌いの僕が何故か「これで行こうよ。」みたいな感じで話したのが、夢とはいえ自分でも驚きを隠せない。

適当に進むというのは表現としては正しくないのだろうけれど、おおよそ帰路を順当に辿っているという意味で幾分進んだあたりという風に思っていただきたい。夢なので何故?何?は当たり前なのだけれども、当然の如く違う路線に乗り換えていた。たぶんJRなのだろうという記憶だけが残っている。銀色の車体にオレンジとかグリーンのラインが入っている。一見新しい最近の地下鉄のような車両に聞こえるが、実際は地方列車という印象を想像するとわかりやすいかもしれない。

 進んでいくとだんだんと見慣れない景色や駅名が見えることとなる。通常ならば、ここでどちらかが(この夢にはお子は出てこない)あれ?なんてことになるわけで、次で止まって確認しようとか、もしくは引き返そうなどと行った具合になるものである。しかし、そこは夢。「やばい!ココはまったく違う場所だ!」とやや焦る程度の距離まで進んだときにやっと重い腰を上げたという具合であった。

 降りた駅は橋の手前であり、高架になっている。ホームは地上の入り口からいうと3階か4階相当の高さで、外から見ると線路は無機質なコンクリートに覆われている。高架を支えるコンクリートの柱は新幹線のそれに近く、駅舎の部分だけがやや新しい作りになっている。肌色というか、ベージュに近い外壁を持っていて、お店が数店はいっている感じだ。駅は小高い丘の上のようであり、乗ってきた電車の進行方向には大きな川がまたがっていて右側は木々で遮られていてよく見えない。そうはいっても山が広がっているという感じではなく、そのあたりの土地でいうところの最高地点付近に駅があるようで、ほぼ開けた景色を一望できるような高所であることはそのときにわかった。ホームにはあまり人気はなく、田舎が旅番組で出てくるような印象に非常に近い匂いを持っていた。ただ、施設自体は非常に新しく、そのちぐはぐさを感じながらも夢の中の私は納得していたようだった。

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 この駅に着くまで、乗り換える最初の電車では右側に座っていた。地下鉄かどうかもわからないのに、景色は地下鉄のものだった。明るくなったと思ったときには、高架の線路を走っていたようである。いつの間にか徐々に登りになっていたのには気がつかず、名古屋の地下鉄東山線のように「あれ、こんな高いところ走ってる!」という感想が一番近いかもしれない。乗り換えたときは、幾層にも入りくんだ地下通路を長いエスカレーターを使って移動してやっとホームにたどり着いた。そういえばそのときまた暗闇の中に、つまりは地下深い場所の路線に変更していたのかもしれない。人の数もそれほど多くはなかったような記憶だ。

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 夢というのは不可思議も可思議にしてしまう。神妙な事柄も、息をするのと同じように、自然の摂理と同じように、ガラスのコップを落とすと割れるのと同じようにして、それは当然の結果であって疑うということがない。夢を見ている自分を客観視している場合が多くて、俯瞰であったり、自分目線であったり、ときには相手目線であったりするのだ。だから自分の背中を夢の中ではみることが多いのだ。写真や映像以外で自分のある意味、目でもってはっきりと認識できる自分の背中は夢ぐらいしかないのではないか。そうして、不思議なことに妙竹林な路線に乗ることになって、その大きくも巨大でない、規模でいえば店舗が何十件も入るはずなのに数件しかないなんとも不可思議な駅で降りることになったわけだ。

 こうして書いていると何か創作のように見えるかもしれないが(言い方を変えれば私の脳みそが作り出した創作なのかもしれない)、夢で見た話を書いているに過ぎない。起きてすぐさまノートに書き写したことで、それを読み返すと覚えている範囲でどんどん補完されていくから我ながら不思議なものだ。とにもかくにも、文章にすると長いのだけれど、ここまではきっと一瞬に違いないのである。話しを戻そう。

 北米の地方へ出かけると、街の作りは日本とあまりに違うので印象に残っている人も多いに違いない。まずは高い建物がほとんど無いこと、場所によっては電柱も見えない。それぞれの建物がある程度離れていて、ちょっと離れると舗装されていないところも随分と多い。必要かどうか、優先度が高いかどうかという部分が、はっきりと見える街作りがなされている。何故こんな事を書くかというと、駅を出た景色がそれに近いからである。先ほども書いたとおり、高い丘の頂上付近に建っている駅舎からは、遠くの土地や山をほぼ一望できるくらいの高さがある。反対側からみると、大きなロッジが建っているように見えなくもない。アルプスの少女ハイジにでてくる、『おんじの家』を思い浮かべてもらって、その想像を何十倍かに引き延ばしたようなスケールと風景だ。もちろん周りは岩が出ているところもあったりして一面芝生に覆われている。美しいアスファルトに覆われた道路ではなくて、恐ろしくきれいに整地してある砂の舞わない土の地面が駅前の一番の通りになるかもしれない。この駅前の賑やかな部分を過ぎるのにはほんの100メートルぐらいしかなく、その距離を歩いてしまうと自然しかないような景色が広がっている。緩やかに傾斜しているその道幅は広く、おおよそ3車線分はあろうかというくらいであった。

 商店街という名称が近いのか、駅前の土産物屋が正しいのかはわからないが、少なくとも雰囲気はその言葉が一番当てはまるのではないかと思う景色が広がっていた。ただ違和感を感じるのは、賑わいというかそういうものが無いこと。その駅の入り口正面から続く100メートルの間は絶えることなく建っているお店以外にはまったく建造物が無いのだ。人の往来も無ければ、その店の裏には芝生の広がりがあるだけ。どう見ても店舗兼住居にも見えないので、一体どうやってこの人達が生計を立てているかすら見当が付かなかった。誰を相手に商売をしているのかという無意味な店舗でもあったのだ。僕たち二人は何を思ったかここで降り立ち、そして駅を出てこの奇妙な商店の間の道をまっすぐと下っていく。

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 気温は春に近いだろうか、日差しは冬のそれだろう。紫外線がキツく日の当たる場所は皮膚を刺すようにジリジリくる。日よけになるものが周りにあるはずもないのに、何故か日陰は寒いくらいだということはわかっていた。どうして歩きで帰ろうと思ったかはわからないが、動物的感を認めて欲しい私の意味不明な希望もあったようだ。その動物的感は簡単に言うと方向感覚であって、何も特別なものじゃない。何となくこっちが南だとか、遮蔽物に遮られていてもそういうものがわかるのだ。その正確性はまるで周期があるように変動する曲者で、方位磁針と寸分違わぬ少々恐ろしくもなるほど正確な場合もあれば、日が出ているというのにまったくわからなくなるときもある。月齢に関係するほどオカルトでもあるまいが、とにかく夢の中のそのときは冴えていたのだ。大体の目安はついていたので、その方向が見える位置まで歩いてきたときに目をこらすと遠くに街が見えるのを確認できた。その街は都市で、大きな街だった。あの街に先ほどまでいたのかどうかは何故かわからないが、知っている大きな街だった。

 どこの街にもランドマークはある。目印、指標となる建造物だ。巨大な観覧車であったり、タワーであったり、集積するビル群であったりと、その形状は様々なれど目標と定めることができる場所である。ところが、そんな目印が見つからない。目印を見つけさえすれば、それを便りに歩いて帰るつもりだった。それが途方もない距離だとしても、あの時の自分の頭では区を二つまたぐほどの距離だとしか認識しない夢特有の感じでもあった。

 坂を下り、いうところの分かれ道まで来たときに、街とは反対方向の先ほどみた川側へ向かって歩いてみるとすぐに左にまた道が見えた。両方は木々に囲まれていて、そこを一本の道だけが延びているといった様子である。道の向こうはどうやら開けているようで、かなりの広さがある墓地だった。おおよそ夢というのはわけがわからぬものではあるが、墓地ということから怖い夢というわけでもなく、そう多くはない人が墓参りをしているのどかな風景である。時間にして、どこかの帰りであるはずのそれは二時とか三時とか、そういう時間のはずなのに対して、見た目の風景は午前中の暖かい陽光と新緑に囲まれた墓地の景色だった。

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ここにきてようやくというか、方向感覚に自信を持っていた自分にショックを感じていた。それに付いてきてくれているwifeには何ともいえない恥ずかしさと申し訳なさを感じていたのも事実だった。それでも彼女は一切そんなこと関係ないよ、楽しいねぇなんていいながらきっと僕を気遣ってくれていたみたいだった。

 見た目の風景は陽光と新緑に囲まれた墓地の景色だった。時間にして、どこかの帰りであるはずのそれは二時とか三時とか、そういう時間のはずなのに対して、午前中のようなぎらつく刺すような日差しもあるという実に不思議な刻との感覚だ。だからといって、実際は夕方のようなので、今から街に向かって歩いていったとしてもすぐに暗くなることは明白であり、そのようなことはこの知らない土地にでの行為としては危険なことでもある。元の道を街が見えている方向と反対に向かって進んでいったところで、ゴールデンブリッジさながらの巨大な端を徒歩で渡る上に、大体からしてそのような河川を渡ること自体帰路ではないのは分かり切っている結末である。素直に電車で戻ることとして、先ほどの駅舎の方へと来た道を再び歩き始めた。

 大きい道から先ほど下ってきた坂道に差し掛かる。ずいぶん暑くなってきた。汗がじっとり張り付くT-shirtが、その暑さを物語る。が、湿度は低いので端から見ているよりはずいぶんと快適にいい汗をかいている。ちょうど高原をウォーキングしているような感覚に近かった。一番急な曲がりくねった坂道を登り切ると、階段でいうところの踊り場のように一段落できる場所がある。そこからはくだんの商店街や駅舎も向こうに見え、ここいらで少々一服としましょうかという、お互いが何も言わずにそう思える都合のいい場所でもあった。

 ちょうどそのとき、何の気も無しに彼女は帽子を脱ぐと僕に差し出した、ちょっと持ってという事だった。暑いからちょっと休憩していこうといい、それを告げるとすぐさま脇にある日陰で芝生の乾燥しているところを選んでサッと寝転がった。その刹那、「ゴンッ」という鈍い音が僕の耳に響いた。心臓がばくばくいうほどに焦り、すぐに大丈夫と聞いてみた。明らかに勢いよく頭をぶつけたような音だった。芝生に隠れていて岩肌か何かがあったのかもしれない。兎に角、彼女が平然と目をつぶっているのが恐ろしかった。意識はあるのだろうか......無いのかもしれない。気絶しているのか、はたまたもしや!と考えを巡らしていた。聞いた音は乾いていて、骨がどうにか鳴りそうな音だったので、余計に心配になった。そうはいっても、時間にして一瞬の出来事である。しかし、夢なのでそこは時間をも超えた思考をしていたのだ。

 彼女は大丈夫と目を閉じたまま応えた。とっさに先ほど渡された帽子を頭の下に敷いてあげると、また深く目を閉じているように安らかな顔をしているのを見て、僕は幾分気分が楽になった。ただ、心の中ではさっきのは大丈夫なのだろうか?という、ちょっとした心配事は残したまま。

 どうやって帰ったのだろうか。まるで記憶がないのだけれども、次のシーンでは既に自分の家に戻ってきていた。夢の中の自分もあそこがどこかがはっきりとわからないのがいやらしく、記憶を便りにGoogle Mapで検索をかけていた。するとなぜか場所が特定、といっても夢の中だから詳細はわからないのだけれど、見ていた都市は関東地方のようだった。福島・山形と関東地方との県境のような感じ。それがどこかわからないし、イメージ的に名古屋のちょっと外れたところくらいにしか思っていなかったのに。

 そして、ふと思い出されるのはあの「ゴンッ」という鈍い音。それをまた考え始めて気持ち悪くなり、でも大丈夫だったしという繰り返しを数度行って目が覚めた。

夢って変なんだな、意味がわからないんだ。
でも、今回はこうして細かい字で眠たそうに詳細にノートを取ったおかげで、読み返すとある程度思い出された。ただ、夢の中での出来事は大して長い話しじゃないんだ。今回もそうだった。一応記録だし、いいのだ。

2010.11.04

トートバックとステッカーもらいました!#radioi

 感激とはこういう事なんでしょう。

うれしい。
感慨深い。
感動する。

とまあいろいろな表現がこのほかにもあるのですが、その全てが当てはまる一日でした。

 Twitterでステッカーをわけでくださることを知り、11月2日はいけませんでしたが、なんと3日もやるとか。喉が痛く風邪が酷くなってはいますが、このチャンスを逃したらという想いはありました。

 私は栄が苦手です。というよりも人が沢山いる場所が苦手です。社交的でないというこの年になって恥ずかしがり屋なのはおいておいても、電車やバスが苦手です。病気までは行かないのでしょうが、ドキドキして気分が悪くなってしまいます。息を止めてしまうんです。それでも無理すればなんとか我慢はできる程度です。じゃなきゃ行かないですし。

 そう、原付があります。スペイシー100君です。彼と一緒に行けば、最低限のルートで人混みに遭遇せずに済みますし。本当いうと、最後の最後まで悩んでました。もちろん風邪が酷くなっている事(今はさっきより酷いです)もそうですが、閉波という衝撃的な事実から今後こういうのは最後かもしれません。

 C106

どれくらいブリでしょうか。栄の街です。過去のtweetと、問い合わせtweetから場所は割り出せました。当事者のMIDLAND GURLS(@sayonara_radioi)さんに教えていただいたとおり、とても広い場所でしたので、横に原付を止めさせていただきました。見覚えのない建物もあって、長い間住んでいるのに我ながら変な感じです。

周りの人の視線は、ほとんどが携帯をみているようでした。しばらくみていると共通する動作、あたりを見渡して携帯でチェック。Twitterをみているのだなと、すぐにわかりました。私も同じことをしていましたから。

バイクで来ておられる人もいましたね。向こうもそう思ったのか、目が何度か合いました。あの人も来たのかなと思っておられたのでしょう。私も免許があるのでR6で来たいところですが、お金がないのが残念です--;

15:30分からということでしたが、少し遅れるとTweetがあり、もう少しで到着と。一斉にみなさんキョロキョロしておられました。別に人間観察しているわけではないですが、同時刻に一斉にですと、やはり特徴的だったなと。

お若い方も何人か見えましたが、私と同世代か上の方も多く見受けられました。格好がかっこよく見えてしまい(私は自分がダサイとかそういう風にみられているとついつい考えてしまいます)、心の中で「寒いとはいえちょっとレーシーな目立つ青いバイクジャケットなんぞで来るんじゃなかったか!」と思っていました。誰もみていないのに、被害妄想も甚だしいですねw。

ほどなくしてお二人がお見えになりました。二人とも明るくておきれいで驚きました。




C105_2

すぐさま皆さんが集まってこられました。やはり最初にこの人達では?と思った方全てがradio-iのリスナーさんであったようですw。

私はこの写真で見えているブルースペイシー100君と一緒にずっと待機しておりましたが、ゆっくり歩いて合流しました。その時点で恥ずかしい。何故か。

10名にトートバック、それ以外の方はステッカーということでした。私はステッカーでいいです。なので、並ぼうとはしませんでした。性格でしょうね。しかし、皆さんが並んだわけでもなかったので、結局囲むような形になりまして、じゃんけんで決めましょうということになりました。全員で20名ほどでしょうか。勝った人から順番ですね。

じゃんけんぽん☆

勝ってしまった・・・。

その数12名。そして、ナント12個もあったそうで、予想外にトートバックを頂いてしまいました!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

C108

実はもったいなくて、まだ開封しておりません。

C107

バックが当たった人は、ひとしきり撮影しておりました。僕も同じようなもんです。みんなそうしてました。すると、もう一つバックがあったとかで、争奪戦が行われました。

C109

通りすがりの人は、なんのことかまったくわからないことでしょう。不思議にみていきます。私たちにとっては、お祭りですけれど。それはとても静かな、ホンワカしたお祭りでした。

もらった私は、すぐさま帰りたくもないですし、かといって話しかけるにも何を言うかわかりませんし・・・、とりあえずはここに移っている皆さんのように、写真を撮りました。幸せな時間を切り残しておきたいのです。

C110

あとからやってきた人もステッカーをもらっておりました。みんなradio-iがすきだったんだなぁ!ちょっと、感動しました。泣くわけにはいきませんが、心の中でじーんと来ました。

それこそいろんな方がおられました。皆さん美しくかっこいい。そしてなによりもあったかいのが印象的でした。ほんとは、っていうか、度胸があればここにいる人と話したかったです。

Radio-iは大好きでした、それでも仕事や家庭環境から聞くことのできる時間は実際は僅かでした。番組名を聞いたことがある程度なのかもしれません。それでも、開局のその日に偶然にも聞くことができ、運命的な選曲に心打たれました。

番組内容やIJの方々の話を出されても、沢山はなす事はできないかもしれないですが、みんなのそれぞれの思い出とかを、こう、共有っていうとあんまり聞いてない僕が沢山聞いている人から見るとセコイかもしれないですがしたいとかでしょうか。いっぱい思い出を聞いてみたいし、僕の話も聞いて欲しいとか、そんな感じです。

ともだちでもないのにね。知り合いでもないのに、でも、あの局を聞いていたんだから間違いないだろうっていう確信とか、そういうのかな。

一瞬目線を合わした人がいるかいないか、そんな度胸ですが(涙)。

C111

  MIDLAND GURLS( @sayonara_radioi )のお二人です。明るくて二人とも素晴らしい方でした。

人の列が一区切りして、しばしの沈黙?が訪れました。皆さん頂いたわけですし、Tweet?したり写真も撮ったりして、どうしたらいいのかな?的な感じでしょう。私もそうでしたもの。

心情的にはもっとなんていうか、その場にいたかったです。わかんないですが、スタッフの方にもリスナーさんとも関わっていたいみたいなという感情です。変ですけどねー、誰も知らないので。Twitterでここまでつながって集まったんだ!っていう一体感を勝手に感じていました。

私はwifeとお子が帰ってくるまでに、家に戻りちょっとだけやることもありました。帰らねばなりません。でも、帰っていいのか?みたいな。

そうだ、旅の恥はかきすて!いや、そんな大それた事じゃない。気持ちを伝えなきゃ。それだけは男として大事だ。

結構長かったように感じた静かな時間。
一言述べて、帰ろう。

少々離れていた僕は、実は心臓バクバクで声がうわずらないかドキドキしながら歩いていった。そんな風には見えなかったろうけど、てか、だれもそんなこと考えてねーんだろうけど(汗)、私的には結婚するくらいパワーがいったんです、マジに。

「今日は、本当にありがとうございました、これからも頑張ってください(←この二つめは途中までしかいえなかったかもしれない、それくらい緊張していた!)」

あとは、何も見えない。緊張で覚えてない。スペイシー100君まで一直線。



振り向いたら、みんなが話しかけていた。

あ、ちょっとだけ、きっかけになれたかも。
ちょっとうれしい。

そして、家に帰りました。





なんかね、夢みたいな一日だったんです。しいていえば、最後にリスナーにも感謝の言葉を述べたかった。

あえたこと。それだけで、ありがとうです。



ステッカーは来年買う中古車に貼るぞ!

 

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